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2018年06月05日の記事は以下のとおりです。

009

「ところで、一つ気になるんですけれど」

 リニックとレイニーは通路を歩いていた。
 通路は迷路の如く張り巡らされており、レイニーの指示が無ければ迷子になってしまう程だった。
 レイニーが居なかったら、と思うと少しぞっとしてしまうリニックであったが、

「何ですか?」
「名前、教えて貰えませんか?」
「名前? レイニーですけれど」
「だから、それはコードネームですよね?」

 ライトニングとレイニー、それにサニーという時点で何らかのコードネームであり本名では無いことは明らかだった。
 だからリニックは彼女の名前が気になって仕方が無かったのだ。別に教えてくれないのならばそれで構わないのだが、だからといってずっとコードネームで呼び続けるのもどうかと思っていた。

「マリアです。マリア・アドバリー」
「マリア・アドバリー……」
「覚えていただけましたか?」

 こくり、と彼は頷いた。
 なら良かった、とマリアは笑みを浮かべた。
 そして、部屋のドアの前に到着すると、マリアが右手を差し出す。
 右手には小さな鍵がのせられていた。

「それは?」
「この鍵は、この部屋の鍵です。今後あなたはここで生活して貰うことになりますので。ああ、安心してください。あなたの過去の部屋に近いレイアウトと設備をご用意しておりますので」
「えっ、何それ怖い」
「ずっと監視し続けてきた甲斐がありましたよ、まったく。使われなかったらどうなるかと思いました。何かありましたら、私まで連絡ください。電話番号は内線で093です。いいですね? 093ですよ?」
「093ね。了解。……それじゃあ、また明日」
「ええ、また明日」

 そう言って、リニックは部屋へと入っていくのだった。
 部屋の中は確かに彼女が言っていたとおり、過去に彼が住んでいた部屋そのままのレイアウトとなっていた。廊下を抜けるとキッチンがあり、その脇にトイレ、そして風呂、突き当たりにはリビングがあるレイアウトだ。リビングにはパソコンとテレビが置かれているが、この感じからしてテレビも何が見えるか分かった物では無いし、通信も出来ないだろう。

「そもそも、ここがどこだか分からない以上何も出来ないのは確か、か……」

 身体に傷を負っているわけでも無い。精神的なダメージを負っているわけでも無い。金銭面でダメージを負ったわけでも無い(寧ろ、宿泊する場所を提供して貰えている)。はっきり言って今の彼には外部にその状況を連絡する意味が無かったのだった。
「……とは言ったものの。やはり気になるのが、」

 救世主という存在。
 彼を何故救世主と呼ぶのか。そして、それほどの災厄が今後起きるというのか。
 それは、きっと今聞いたところで教えてくれそうにないだろう――彼はそう思っていた。
 聞かずに後悔するよりも、聞いて後悔した方が良いのが普通だ。
 しかしながら、リニックは冒険をしない性格である。あまり、冒険をしたがらない。あくまで安全牌で行こうとしていくのが彼のスタンスだ。
 だから今回のことは完全なる想定外で、彼のスタンスで行くならば拒否するべきだった。
 しかし、それ以上に彼の探究心を擽っていたものがあった。
 予言の勇者、フル・ヤタクミとともに行動していた一人――メアリー・ホープキンとの謁見。
 それによってどのような知識が得られるかは分からない。
 しかし、彼女が使っていたと言われている『錬金魔術』、その真意を知ることが出来る。
 そうでなくても百年前の出来事について、実際に経験した人間から聞くことが出来る。
 それは彼にとって有益なことであるし、きっとアンダーピースにとっても有益なことだ。

「……まあ、詳しい話は明日聞けば良いよな……」

 そんなことを思いながら、彼はベッドに横になる。
 同時に、テーブルの脇の扉がせり上がり、そこからプレートが出てきた。

「……何だ?」

 プレートを見ると、焼き肉の切り身、サラダ、少量のご飯と錠剤が数錠、それに水の入ったコップがのっかっている。
 普段の生活じゃあなかなかお目にかかれないものばかりだったので、リニックは本物かどうか疑念を抱いたが、しかし食欲には勝てないものだ。

「一口だけ食べてみて……確認してみよう」

 そう思い、彼は焼き肉の切り身を一枚フォークで手に取り、口に入れた。
 そのときの衝撃は、まるで電撃が走ったかのようだった。いつもペースト状の食品を食べていた彼にとって、それはあまりにも衝撃的であり、信じられない味だった。

「……美味い!」

 ぱくぱく、もぐもぐ。
 気づけば彼はそれにがっついていた。お腹が空いていた訳では無い。けれども、ものの数分でそれを完食すると、彼は満足感を得ていた。普段食べているペースト状のそれでは得られない感覚だった。

「これが……食事……!」

 食事とは、いかに今まで自分は違った価値観で得ていた物だと言うことを思い知らされる。

「……これ、回収してくれるのかな」

 リニックはプレートがやってきた扉を開けて、そこにプレートを仕舞う。
 すると機械の動く音がした。どこかにプレートは移動していったようだった。
 再度ベッドに横たわる。
 考えることはやはり今後のことだ。今後は、アンダーピースと行動を共にすることになるのだろう。
 しかし、彼女たちの目的が何であるのか――正直未だに分かっていないのが事実である。

「でも、分かったところで何をすればいいのやら」

 結局は彼女たちに従うほかないのだ。
 そこに僕の自由意志は存在しない。
 そこに僕の意志は存在しない。
 ならば僕はいったい――何者なんだ?
 ただ彼らに縛られただけの、祭られているだけの、ただ英雄という存在に縋っているだけではないのだろうか?

「まあ、明日もう一度メアリーに聞くしか無いのか……」

 そう思って、僕は目を瞑った。ご飯を食べ終えたばかりの睡眠は身体に良くないと聞いたけれど、でも何もやることが無いんだ。致し方ないと言えば仕方ない。
 そうしてそのまま意識の中へ微睡んでいった――。


 ◇◇◇


 メアリーが月を眺めながら、ワインを飲んでいた。

「……総帥。あまり飲み過ぎませんよう。身体に差し支えますよ」

 レイニーの言葉を聞いて、彼女は笑みを浮かべる。

「そうね。……ついつい救世主が見つかったから飲み過ぎちゃったわ。でも、大丈夫。これで終わりにするから」
「なら良いですけれど。……総帥、あなただって目的はあるのでしょうから、長生きはするべきですよ。もうとっくに人間の寿命は上回っているとは思いますが」
「そうね。私は色々と長く生きすぎた。それで人間の寿命は定められていてこそ輝くのだと思い知らされた。祈祷師の血を今でも恨んでいるわ。長生きをすると、周りが皆早く死んでいくんだもの……。私だけが残されていく、その気持ちは誰にも味わえないでしょう」
「……今日は風が寒いです。窓を閉めた方が宜しいかと」
「ありがとう。もうすぐ閉めるわ。おやすみなさい、レイニー」
「おやすみなさいませ、総帥」

 そうして、レイニーは外へ出て行った。
 また一人きりになった彼女は、月を眺めてぽつりと呟く。

「もう少しよ、フル。またあなたに会える時が近づいてきているの……」

 その言葉は、誰にも聞こえることは無かった。

 

 

 

第一章 終わり

008

「えっ……?」
「あなたねえ、さっきから聞いていれば、平和に暮らしたいだの、自分には関係ないだの! そんな関係ないわけないでしょうよ! あなたの生きる世界が、このままだと死滅しようとしているのに、そんな余裕な発言をよく出来るわね!」
「ま、まあ、総帥……。未だ彼が話を理解していないだけということもあり得ますし」
「理解しているかしていないか、そんなことは関係ないの」

 レイニーの言葉に、ライトニングは答える。

「覚悟があるかどうか――なの」

 覚悟。
 その単語を聞いて、彼は何も言えなかった。言い出すことが出来なかった。

「覚悟があるかどうか、それも分かります。けれど……だとしても急すぎませんか。時は待ってくれない。それは誰だって知っていることです。現に私たちアンダーピースだって救世主の存在に気づくまでにかなりの時間を要した。でも、彼が『やりたくない』と言えばそれまでじゃないですか」
「そうなったら、私自らがやるしかないわね」

 その瞬間、空気が一瞬にして凍り付いた。

「総帥……自らが?」
「そう。言っていなかったかしら? 私は一応『適性者』よ。剣を使えるかどうかは分からないけれど、『杖』を使うことは出来た。同じようにルーシーも適格者だったけれど、彼は死んでしまったからね……。今は、私しか残っていない」
「……適性者?」
「そう。あなたは適性者なのよ、リニック・フィナンス。救世主とも言ったけれど、実際はそちらのほうが正しい。かつて神より授けられた世界の理をもねじ曲げることの出来る剣、シルフェの剣の適格者、それがあなたなのよ」


 ◇◇◇


 ラグナロク、本部。

「……で、結局もぬけの殻だったわけ?」

 白いワンピースに身を包んだ少女が、黒ずくめの軍隊を一瞥して言う。
 軍隊の中の一人は、一歩前に出て敬礼をすると、

「あ、あの! 一応申し上げておきますと、我々の進撃を予知していた人間が居たようで……」
「居るに決まっているじゃない! 何せ、あのアンダーピースも狙っているのよ! アンダーピースはリュージュ様の娘が総帥を務めている。あの女には僅かながら未来予知の力が未だ残っているはずよ。……だから、きっと今回も察知したのね」
「あ、あの……となると我々に勝ち目はないのでは……?」
「何を言っているのよ!! 何のために高い金払ってあんたたちを雇ったと思っているの!! 『適性者』も奪われたことだし、次のアイデアを考えないと……」
「ロマ。何かお困りのようですね」

 彼女の背後に、白いローブを羽織った人間が立っていた。
 そしてそれは『人間』と表現するしか方法が無かった。ローブから見せる銀髪だけでは男性にも女性にも見えるし、子供にも老人にも見えた。

「……あ、オール・アイ。やっほ。どうしたの急に?」

 オール・アイ。
 ロマが言ったその名前を、軍隊の人間は誰一人として知らなかった。
 それは当然のことで、オール・アイは滅多に外に出てこない。だからそのオール・アイのことを知っているのは、ロマを含む幹部の僅かの人間に過ぎないのだった。
 オール・アイは話を続ける。

「彼らを叱責しても何も始まりませんよ。次の作戦を考えなくてはなりません。そうでないと、あなたの野望を成し遂げることが出来ません。そうでしょう?」
「そう。そうね。確かにあなたの言うとおり。……お兄様の命を救うためにも、動かなくてはなりません。分かりますね? では、次は……」
「次は、宇宙ステーションを狙いましょう。さすれば、アンダーピースも宇宙に出向くことは出来ません」
「宇宙……って。宇宙に手がかりがあるというの? その、お兄様を救う術が」
「正確には、宇宙と言うよりはアースの周囲にある星々でしょうね」
「?」
「管理者はどんなものにも、修正プログラムを用意しておくものです。偉大なる戦いで散った五つの星々にはそれぞれ『鍵』があります。その鍵を使うことで、どんな願いをも叶えることが出来る。……どうです、素晴らしいことだとは思いませんか?」
「す、素晴らしい! 素晴らしいわ! ……ほら、こういう情報こそ私の欲していたものよ。あなたたち肉体しか能が無い人間には何も出来ないでしょうけれどね!」
「……なので、彼らを利用致しましょう」
「彼ら?」
「アンダーピースを利用するのです」

 それを聞いたロマは眉を顰める。

「いったいあなたは何を言っているのか、分かっているの?」
「分かっています。分かって忌ますとも。だからこそ、言いたいのです。彼らには敢えて泳がせましょう。宇宙ステーションの襲撃をデコイとして、わざとこのアースの外へ飛び出させるのです。あとは流れに沿って鍵を手に入れて貰い……」
「最後に鍵を奪い取る、ということね! さすがはオール・アイ。分かっているじゃない」
「ええ。あなた様のことなら何なりと。何せ私は『すべてを見通すことが出来ます』故」


 ◇◇◇


「宇宙ステーション?」
「剣は隠しているのよ。……何せ、誰に使われるか分かったものじゃない。適性者の心によっては悪い方にも良い方にも変化してしまうそれを、何もプロテクトを講じずに置いておく訳がないでしょう? だから宇宙への進出が出来た段階で剣をアースの外惑星のどこかに隠したのよ。アント、トゥーラ、トロワ、カトル、サンクのどこかにね」
「どこに隠したか……ってのは分からないんですか?」
「それは私を馬鹿にしているわね?」

 リニックはそれを聞いて首を激しく横に振る。
 そんなことは無い、という強い意思表示だ。

「……まあ、冗談は置いといて。確かトロワに隠しておいたはずよ。彼らとは友好関係を築けたからね。それに、彼らも偉大なる戦いでともに戦ったからということで人間を敬ってくれていた。確か彼らの神の形は人間の形そのものなのよ」
「ということは、人間が住んでいる訳じゃないんですね?」
「当然じゃない。私たちの惑星から分離して二千年よ。若干の変化が起きていてもおかしくないでしょう?」
「それもそうかもしれませんけれど……」
「とにかく! 適格者であるあなたを剣の元へ運ぶのが私たちの使命なの。それは理解して貰いたいな。……あ、家に戻ることは許されないからね。だって家に戻ってラグナロクの連中が待ち構えていたらどうするのよ」
「部屋は……どうすれば?」
「それくらい用意しているから安心なさい。レイニー、部屋まで案内して」
「かしこまりました」

 メアリーの言葉を聞いて頷くレイニー。
 そうして彼らはリニックのために用意された部屋へと向かうのだった。

007

「知恵の木の実は、地球の記憶をエネルギーに変換して使うことの出来る『伝説的法具』よね。私も使ったことがあるけれど、そんな難しく考えるものでもない。……ただ今は、世界から戦争が無くなったこともあって、どっちかといえば戦争をする暇が無くなったとでも言えば良いのかな? だから、世界はそんなことをしなくても良くなくなった結果、知恵の木の実はほぼ絶滅した。そもそも知恵の木があった場所が、今はもう赤い世界の中に閉じ込められてしまっているわけだし」
「回収は出来ないんですか?」
「この百年でそこまで技術が進歩しているとでも? それにあの世界はメタモルフォーズのなり損ないが蔓延っているし、人間が生きていける酸素もとても少ない。簡単に言えば死の大地よ。そんな空間に進んでいこうとする大馬鹿者なんて見たことが無いわ」
「でも総帥はそこに行こうとしているんですよねえ」

 レイニーはくすくすと笑いながら、そんなことを言った。

「あ、馬鹿! それはまだ言わない約束でしょうが!」

 メアリーが顔を真っ赤にしてレイニーに言う。
 レイニーははいはい、と軽く流して、

「知恵の木は未だ枯れていないというのが、研究者の推測です。あんな死んだ大地でも、もともとは記憶をもとにエネルギーを蓄えていますから当然と言えば当然なのですけれど」
「……それって、人間にも適用できるんじゃ……」
「良いところを突いてきたね。さすがは救世主」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ……」
「ラグナロクは世界を滅ぼそうとしているのではなくて、アンダーピースを、ひいては祈祷師の末裔たる総帥を殺害するために活動しているんですよ」

 レイニーが補足する。

「どうして……?」
「旧時代の存在など、邪魔なのでしょう。けれど私は彼らの活動に与するつもりは無いわ。あいつらも知恵の木の実を持ち合わせているけれど、それは人間の死骸から育てたものだもの。それってメリットとデメリットがある面倒なものだというのに」
「メリットとデメリット?」
「メリットは簡単に育てることができる、ということでしょうか。デメリットはその死んだ人間の記憶をダイレクトに受けることになる。場合によっては脳にダメージを負って、廃人になってしまう可能性がある……。だから私たちは絶対に人間の死骸から知恵の木の実を育ててはならないと決めているんです」
「聞いた話によれば、死んだ直前の記憶がフラッシュバックされるそうよ。……あー、やだやだ。聞いているだけで辛いったらありゃしない」

 メアリーは残っていた赤ワインを飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。
 こちらに向かってくるが、いったい何のために向かってきているのかが分からない。
 そしてメアリーはリニックの横に立った。

「……あなたは、科学によって世界を救えると思っているかしら?」
「…………え?」
「質問に答えなさい。イエスかノーか」
「でっ、出来ると思います。多分、ですけれど……」
「確証に欠けるわねえ。まあ、急にそんな質問をするほうが野暮って話かしら」

 リニックの前向かいの席に腰掛け、メアリーは彼を見つめる。
 酔っ払っているのか、目が細くなっている。
 とろんと、溶けているようなそんな感じだ。

「……じゃあ、質問を変えましょうか」

 一息。

「あなたはこの世界を、元の世界に戻すことが出来ると思う?」
「元の世界……って、つまり赤い血をすべて洗浄出来るか、ということですか」
「そう。オリジナルフォーズの残滓とも呼ばれている、あの赤い血をね」
「出来ないことは……無いと思います」

 それには、即答するリニック。
 メアリーはほう? と首を傾げさらに彼の言葉を待った。
 リニックは話を続ける。

「科学技術は常に発展を続けています。ですから、今は難しくても何百年とかとてつもない時間になっちゃうかもしれませんけれど……でもいつかは必ず」
「だめ。それじゃあ、だめなのよ。今や人間の人口は全体的に低下傾向にある。その大きな理由が食糧問題と土地の問題。私が食べているベーコンだって、品薄になっているのを何とか裏ルートから入手しただけに過ぎない。一般の人間が食事を取るときは、化学物質てんこ盛りのペースト状食品でしょう? あんなもの、食べた気になりゃあしないというのに」
「そりゃあまあ……栄養がとれていれば良いんじゃないんですか。現に、あれに文句を言っている人間なんて居ないじゃないですか」
「違うわ、違うのよ。何を考えているかあなたの考えを聞かせて欲しいけれど……、そんな栄養とエネルギーだけ摂取するような食事で何が生まれるのよ? アイデアが生まれると思っているの? すべてが管理された世界は、息苦しいとは思わない? 私は息苦しいと思っているわ。この世界、この時代。あの時代から僅か百年で人間はこうなってしまったのだ、と。長生きする意味も、ここまで来てしまえば何も生まれないわよ」
「でも、世界はそれで納得している」
「納得しているの、あなたは?」

 鸚鵡返しのように返されたリニックは、どう答えればいいか分からなくなってしまった。
 何せ彼も、今までそのように学んできたのだから。
 何せ彼も、一人の人間として扱われずにやってきたのだから。

「はっきり言ってしまうとね、リニック。この世界の人間はもうロボットと大差無い。だからこそ、いつか革命を起こさなくてはならないのよ。革命。分かるかしら、言っている意味が? 世界に革新的な何かを起こさないと、これ以上この世界は成長しない。それは誰だって分かっているはずなのに、誰もやろうとはしない。それが間違っているのよ。そして、その『間違い』を正さなくてはならないのが、私たち『アンダーピース』」

 アンダーピース。
 革命。
 この世界の人間はロボットと大差無い。
 その発言を聞いた彼は――頭の中がごちゃ混ぜになっていた。

「……世界をどうしようったって、一人の力じゃあ何も出来ない」
「だから私たちは組織を結成した」
「具体的にはどうやって、世界を救うんだよ! 僕が救世主だと、あなたは言った! けれど、僕はただの人間だ。そんなこと、出来るわけがない!」
「やってみないと分からないわ。現にあなたは――」
「英雄? 救世主? そんなことと無縁の生活を送ってきたのに、突然テロリストに襲われて、テロリストに攫われて、やってきた場所で語られた内容が『救世主』だって? ちゃんちゃらおかしいだろ! それをどう思っているのか分からないけれど、僕はただ平和に暮らしたいだけなんだ――」

 ぱあんっ!
 リニックの言葉が途中で中断する。
 その理由は、リニックの右頬を思い切りメアリーが叩いたからだった。

006

「メアリー・ホープキンってあの……伝説の三人のうちの一人の……!」
「そ。知ってるでしょ、それぐらいなら。あんな世界だけれど、救ったのは私たち三人だけ。けれど一番の功績者であるフルは行方不明になり、ルーシーも十年前に亡くなった。今や百年前の出来事を知っているのは私だけ。或いは、私からその話を聞いた人たちとも言えるかしらね」

 百年前の出来事をリアルに体験している人など、この世界にどれだけ居るだろうか。
 現在、人間の寿命が八十年と言われているから、ルーシーと呼ばれる人間も百歳近くまで長生きしたのだろう。
 しかし、仮にそうであるとして。

「……もしかして、私の顔が『あまりにも若すぎる』とでも思っているのかしら?」

 そう。
 メアリー・ホープキンは、その年齢の割には風貌が若すぎるのだ。リニックと同じか、それよりも幼いぐらいの彼女は、ワイングラスを傾けている姿すら似合わない。年齢的には全然飲める年齢なのだろうけれど(というか、そもそも法律などで定めていないから何歳だって飲めてしまうわけだが)。

「……まあ、そう思うのは仕方ないかもしれないわね。何せ私は『カミサマのいたずら』で作られた祈祷師の一族、その最後の末裔なのだから。祈祷師、それくらいは歴史の教科書でも習った話でしょう?」
「あ、ああ。確か長命な一族だと聞いているが……不老不死に近い存在であると言われていて、理由は遺伝子情報の劣化が非常に遅いからだとか……」
「ああ、もう科学的な根拠はどうだっていいから。要するに、私はそういう存在なわけ。まあ、血を薄めすぎたのかそれでも私は二百年ぐらいだったらこのままの容姿で暮らしていくことが出来る。勿論万能ではないから、外傷とかで死んでしまうこともあるかもしれないけれどね」
「それって……人体の神秘じゃないですか!」
「どうかしら? 人間も結局は神によって作られたただの俗物。神にとっては、そんなこと些末な問題としか思っていないかもしれないわよ?」

 些末な問題。
 神にとってみれば、この世界そのものが造成物なのだから、あまり気にしていないのかもしれない。
 いや、でも、そうなのだろうか?

「……でも、ガラムドはかつて人間世界に何度か関与しました。それは、人間世界を神が見捨てていない証拠なのでは――」
「ガラムドはただの管理者。神でも何でも無い。それは、よくロジックを組み立てていけば分かる話。……だってそうでしょう? 偉大なる戦いで先導した少女が、神になり得た? そんな都合の良い話が起きるのかしら? 私はそう思わない。もっと言ってしまえば、それこそが神の予定調和。神は何を考えているのか分からない。けれど、ガラムドもある種の被害者と言ってもいいかもしれないわね」
「でも、結局神は……」
「神はこの世界をとっくに見捨てているわ。この成長の見込めない世界をね」

 メアリーははっきりと言い放った。
 ワイングラスを揺らしつつ、さらに話を続ける。
 顔には出ていないが、どうやら酔いつつあるらしい。

「要するにね、神は世界を作り終えた段階で、楽園という場所を生み出したのよ。そこには様々な動物が争いを起こすこと無く、平和に暮らしていたそうよ。そしてその楽園に最後に生み出された生物……何だと思う?」
「人間……ですか」
「その通り。最後に生み出されたのは、人間だった。アダムとイブという男と女のつがいよ。彼らは楽園で平和に暮らしていたそうよ。楽園には掟が無かった。縛られるものが無かった。平和に暮らすことの出来る空間で、そんなことがあり得るのかという話にも繋がってくるのだけれど、それは間違いじゃない。その楽園は、確かに平和そのものだった」

 メイド服を着た誰かが空になったワイングラスに赤ワインを注ぐ。
 それを見て、ありがとう、と答えるとさらに一口呷った。

「しかしながら、その世界にもルールはあった。それは神から決められたルールだった。その楽園は神が作り出した世界。だから神が持っている持ち物も多く存在していたの。……その一つに、黄金に輝く木の実があった」
「木の実?」
「そう。そして、その木の実は絶対に食べてはならない、そう命じられていたのよ。食べてしまえば、お前達をここから追放することになるだろう……と。楽園は素晴らしい場所だったし、そこ以外の場所について想定出来なかったアダムとイブは直ぐに了承したわ。だって食事はそれ以外にもたくさんあったんですもの。別に黄金の木の実一つに目を奪われることなんて無いわよね」

 一息。

「しかし、それを良しとしない存在が居た。それは、蛇だった」
「蛇? 蛇がどうしてアダムとイブを、良きとしなかったのですか?」
「それは分からないわ。だってあまりにも古すぎる書物だからね。もしかしたら、その楽園のリーダーだったのかもしれない。蛇はいかにしてアダムとイブを追放しようかと考えて考えていたらしいわ。……そして、一つの案が浮かび上がったの」
「黄金の木の実を食べさせること、ですか」
「その通り。黄金の木の実は絶対に食べてはいけない。ならば、それを食べさせれば良いのだと。簡単な話よね。……そして、蛇は実行に移した。アダムに、黄金の木の実を食べなよ、と促したのよ。勿論アダムは直ぐに首を縦に振らなかった。でも、とても美味しい食べ物であるということ、それを食べれば神をも超える力を得ることが出来るということ、それを伝えたら徐々に食べてみたいという気になった。……そして、彼はついに、黄金の木の実を一囓りしたのよ」
「……それから、どうなったんですか?」
「人間には、知恵が身についたと言われているわ。最初に得た感覚は恥ずかしいという感覚。何せそんな感覚さえ無く生活していたんですもの。恥部を隠すこと無く、おおっぴらに活動できていたからね。次にそれをイブに与えたわ。イブも恥ずかしくなって胸と陰部を葉っぱで隠した。……それが、神に知られるまでそう時間はかからなかった。アダムとイブは直ぐに蛇が悪いと言った。だから蛇は追放された。同時に、黄金の木の実を食べてしまったアダムとイブも追放されてしまった。……けれど、神は一つ大きなミスを犯したのよ。イブの胸には、黄金の木の実の種が隠されていたの」
「種……?」
「そう。流石にそこまでは気づかなかったようね。管理者であるガラムドすら気づかなかったんですから。そうして、世界には食べると知恵がつくという木の実が広がっていった。……そこまで言えば、それが何であるか、あなたにも分かるでしょう?」
「まさか、それが『知恵の木の実』だというんですか……!?」

 リニックの驚いた表情を見て、メアリーはゆっくりと頷いた。

005

 赤ワインを飲み干し、彼女は話を続ける。
 クリーム色の髪をした彼女は、長い髪をたなびかせていた。
 赤いワンピースに身を包んだ彼女は、彼らがやってきたことを気にも留めず食事をしていた。テーブルの上には、パンと赤ワインとベーコンとブロッコリー。勿論赤ワインはグラスに注がれて、それ以外は皿の上にのせられているのだが、それが普通の食事に見えないということは彼でも分かることだった。

「……あの、いったい何を?」
「見て分からないの? 食事よ、食事。人間、エネルギーが枯渇したら何も出来なくなるから」

 食事。
 それにしてはとても質素なものだった。普通、パンと赤ワインはまだしもベーコンとブロッコリーだけってどうなのだろう、と思うのが当然だった。それに味付けもされているかどうか危うい。

「あの、それ」
「栄養バランスのことを言いたいのなら、無視して貰って結構よ。……まあ、皆が言ってくることではあるのだけれど」

 どうやらもう慣れっこらしい。ならば言う必要も無いだろう。
 リニックはそう思いながら、あたりを見渡す。気づけば椅子が一つ座るように後ろにずらされていた。

「どうぞ、お座りください。総帥は、あなたとの対話を希望されています」
「総帥……ねえ」

 どうせろくなところの総帥じゃないのだろう、なんてことを考えていたが――。

「ろくなところの総帥、とでも思ったら大間違いよ?」

 ワイングラスを傾けながら、彼女は呟く。
 それを聞いたリニックは耳を疑った。まさか思考を感じ取ったとでも言うのか。

「思考を感じ取る、とは少し違うわね」

 さらに、思考を感じ取った彼女は話を続ける。

「考えていることが耳に入ってくる、ということかしらね。口には封をすることが出来ても、脳には封をすることは出来ないでしょう? つまりそういうことよ。要するに、結局の話、一つの結論を先延ばしにすることは出来なくて、一つの結論を元に戻すことは出来なくて、だからといっても元に戻すことは出来なくて……」
「え、ええと……つまり?」
「つまり、壊れてしまったピースは元には戻せない、ってことよ。ミルクパズルって知ってる?」
「ミルクパズル……。確か全面白のパズルですよね」
「そ。割れ目だけを頼りに元に戻すのだけれど、それの最後のピースが違っていたら、あなたはどうする?」
「え、えーと……多分、別の奴と混じったんだろうな、って思って探しますね。それで、見つかればいいですけれど」
「見つからなかったら?」
「そこで諦めちゃうかもしれませんね」
「液体がどろどろと垂れてきているとしたら?」
「別のもので……うーん、例えば布とかで覆うかもしれません。取りあえず急ごしらえで。だめならそのとき考えます」
「……変なの」
「攫ってこいといったのはあなたではありませんか、総帥」
「そりゃあそうだけれどさあ……。こんな変わり者だとは思わなかったよ。だからといって捨て置くわけにもいかないしね。やっぱり世界を救う存在って変わり者が多いのかな?」
「それだと、百年前のあなたの知り合いをも傷つけることになりますが」
「レイニー……? 言って良いことと悪いことがあるわよ?」
「あ、あのー……僕はいったいどうすれば……?」

 すっかり置いてけぼりにされてしまった彼は、二人の間に何とか入ろうとする。
 それを聞いた総帥は、残っていたパンを口の中に放り込んで、

「ああ、ごめんなさいね。まったく、使えない部下を持つと困ったものね。……それはそれとして、あなたがリニック・フィナンスで間違いないわね?」
「ええ。もう何度も質問されていますが。それとも、そんなに自分の証明が必要ですか?」
「必要も必要。当然なぐらいにね。あなたは世界の救世主と言われるべき存在なのだから。……ところであなた、歴史の知識は?」
「人並みには。嫌いでは無かったので」
「宜しい。それじゃあ、百年前にあった『世界の亀裂』は知ってるわね?」
「世界の亀裂……この世界と別の世界が一瞬だけ繋がった、次元ホールのことですか」

 こくり、と総帥は頷いた。

「それさえ分かれば十分ね。完璧と言っていいぐらい。……んで、その亀裂によって世界にどんな影響が生じたか分かる?」
「どんな影響、って……」
「……残念ながら、特に影響は無かった。だって直ぐ終わってしまったから。強いて言うなら、特異な現象を目の当たりにすることが出来たぐらいかしら。……だからこそ、世界がどうなろうとも私は知ったことではなかったけれど」
「知ったことではない、というかあなたは当事者だったじゃないですか、総帥」

 レイニーの言葉を聞いて、小さく舌打ちする総帥。
 彼女に対する扱いはいつもそうなのか、レイニーはただ笑うだけだった。

「……確かにその通りだったけれど、でも案外何も変わらなかった。世界は変わることを辞めたと言ってもいいわね。もしかしたらビッグバンでも起きて大きな成長が見込めたかもしれない。もしかしたら百年前にそれを成し遂げた悪はそれを狙っていたかもしれない。けれど、結果は……見ての通り。人間の住居領域を狭めただけに過ぎず、それ以外の空白領域には、メタモルフォーズのなり損ないが蔓延るばかり。……浄化するには何千年もかかると言われているし、ほんと、迷惑しかかけないわよね。ここでガラムドの書でもあれば何か変わったのかもしれないけれど……」
「ガラムドの書?」
「ううん、こっちの話。気にしないで。……ええと、先ずは自己紹介かしらね」

 少しずつ、部屋が明るくなっていく。
 そして、総帥――彼女の姿が目の当たりになった。
 彼女の顔を、リニックは見たことがあった。

「あ、あなたは……」
「はじめまして、で良いわよね。私の名前はメアリー・ホープキン。アンダーピースの総帥にして、百年前予言の勇者とともに世界を救った仲間の一人よ」

004

 たどり着いた先にあったのは、小部屋だった。

「小部屋……? いったい、どんな魔法を使えばこんな術が……」
「魔法じゃないの。眷属の力なの。言ってしまえば、世界の次元をねじ曲げただけに過ぎないの」
「いや、簡単に言っていますけれど、それとんでもなく凄いことですからね……?」

 レイニーとライトニングが何か言っているが、リニックにはさっぱり分からない。
 仕方ないのでリニックは小部屋の様子を確認することとした。
 小部屋は、何も飾られていない、白い壁に覆われた質素な部屋だった。

「質素な部屋だ……扉しかない。いったいここは何の部屋なんですか?」
「簡単に言えば、『常闇の門』専用の部屋なの。突然別の部屋に招き入れるよりも、その専用の部屋を用意しておけば問題ないだろう、という結論に至った上でのことなの」
「あの、全然意味が分からないんですけれど……。もう少し簡単に教えてもらえないですか?」
「先ずは総帥にお会いした方が早いでしょう。ええ、きっとそのほうがいいはずです」

 扉を開け、中へ――その場合は外、と言った方が良いのだろうか――彼を促す。
 彼はそれ以外何もすることは無いと判断し、部屋を出ることにした。
 部屋の外は、幾何学模様が壁に描かれた廊下が広がっていた。
 誰も居ない、がらんどうの場所。
 まるで彼ら以外、誰も居ないような廃墟に近い場所。

「……あの、ほんとうにここって『アンダーピース』のアジトなんですよね?」
「ええ、そうですけれど?」
「誰も居ないように見えるんですけれど」
「ああ、それは――」
「フェイクなの。敵に見つからないようにするために」
「敵? さっきの『ラグナロク』とか言っていた連中のことですか?」
「まあ、それはまた追々……」

 廊下を歩く。足音だけがこつこつと響く。その音は反響し、廊下の広さを思い知らされる。
 不気味な感覚が立ちこめていたが、しかし何も出来ないこともまた事実。
 仕方なくリニックは、レイニーの歩む道をそのまま進んでいくしかないのだった。
 道をすすむと、突き当たりにさしかかる。
 レイニーはそこで立ち止まり、左右を確認しだした。ただの安全確認、というわけでもないだろう。
 だとすれば、可能性は一つだけだ。

「……レイニー、さん? まさかその……迷子になったとか言わないですよね?」

 リニックはあまり人の心を読もうとはしない。読むことが出来ないのだから当然かもしれないが、普通は空気を読んで敢えて質問をしなかったり、或いはそのまま無視するか、どちらに向かうべきか進言するというものである。
 しかし、そういったことが嫌いだった彼は、ばっさりとレイニーに言い放った。
 レイニーは急にそんなことを言われてしまったので、目を丸くしてそちらを振り向く。

「え、ええ? 別にそんなことは無いわよ。ええと、順番を……そう! 順番を確認していただけなのだから!」
「順番?」
「そう、次の角をどう曲がるかとか。そういうことを考えないと、迷子になっちゃう――」
「一応言っておくが、そんなことはまったくデタラメだぞ。あり得ない。眷属が作り上げた迷宮でもあるまいし、たかが人間に作り上げた場所が迷宮になり得る訳がない」
「それもまあ、そうなんですけれど……。あ、ここだここだ」

 扉を潜ると漸く人と出くわすことになった。

「……なんだ、レイニーじゃないか。それにライトニングも一緒で。何かあったのか?」
「何かあったのか、とはとぼけたことを言いますね、サニー。あなたも参加せざるを得ない作戦の一つだったのに、結局あなたは参加しなかった。だから私が代わりに出たのですよ。まったく、眷属の力は普通の力ではないのですから、それくらい理解して貰いたかったものですけれど」
「悪い、悪かった」

 痩せぎすの男は、リニックよりも背が高かった。
 それでいて目つきの悪かった彼は、どこか不気味な印象を思い浮かべてしまう。
 いや、或いは恐怖とでも言えば良いか。いずれにせよ、いい印象を抱けないのが事実だ。

「……サニー、それにしてもあなたはまた寝ていたのですか? 幾ら何でも寝過ぎではないの?」
「るっせえな、お前は俺の保護者かよ」

 サニーは頭を掻いて、そのままもう一つの扉へと入っていく。

「ちなみにもう一つの部屋は、トイレですから」
「あ、ああ。分かった。ところでさっきのは……」
「私たちの言葉では、サニーと呼ばれています。あれでも頭が良いから、作戦を指揮するときのリーダーになることが多いのですよ。問題は、朝が弱いところでしょうか……」
「朝が弱い……ねえ」

 リニックは彼の行く先を眺めながら、独りごちる。

「まあまあ、彼と話をするなら、後でいくらでも出来るはずだから。……きっと」
「出来ないことは約束しない方が良いの。あなただって知っていると思ったけれど」
「ええ、そうですよ、知っていますよ、それくらいは! ……こほん、」

 咳払いを一つ。

「話を戻しますね? 今、この先には私たちアンダーピースの総帥がいる部屋があります。どういうことか、あなたには分かりますよね?」
「総帥と話をして……今後を決めろ、とでも言いたいのか?」
「話が早いの。レイニーとは大違いなの」
「ちょっとちょっと! 何勝手に話を進めちゃってるんですか、ってか人の過去暴露してるんですか! ……まあ、そうなんですが、多分あなたは十中八九アンダーピースへの加入を勧められると思います」

 十中八九なのか。
 リニックは首を傾げながら、彼女の話に頷く。

「いずれにせよ……彼女はちょっと気難しい人間です。あなたの行動一つであなたの指が消し飛ぶと思ってください」
「それは言い過ぎなの。あれはただの我儘なの」
「あなたが言いますか、それを?」
「……まあ、つまり、我儘な人間の言うことをそのまま付き合えば、僕の命は保証される、ということですよね?」

 リニックが結論づける。

「それはその通りなのだけれど……」
「何ですか、まだ何か言うことが?」
「いや! 全然! とにかく入ってきてちょうだい!」

 そう言われて。
 リニックは二人に押されるように、部屋へと入っていった。
 部屋は広い一室だった。中央にテーブルが置かれており、その向かいには一人の女性が腰掛けている。
 女性は赤ワインを飲み、パンを食べている。どれもこの世界では高級品とも言えるものだ。いったいどうして彼女はそれを口にすることが出来るのか――リニックはそんなことを考えていた。

「遙か昔、人々は赤ワインとパンを神の血肉に例えていたらしい」

 りんと、透き通った声だった。

 

003

 とは、いったものの。

「……結局、どうやって脱出するんだってかあれはいったいなんなんだなんのためにこの大学を襲った!」
「……五月蝿いですね。質問は一つずつ受け付けますよ。順々に答えていくと、先ず、どうやって脱出するか……ですよね?」

 リニックはこくりと頷いた。

「脱出方法は既に考えています。……敵がやってくるスピードについては正直想定外でしたが、それでも何とかなるでしょう」
「おい、今想定外ってワードが聞こえたぞ⁉︎ ほんとうに大丈夫なんだろうな……」
「私たち『アンダーピース』に掛かればそれくらいお茶の子さいさいですよ!」

 アンダーピース。
 地下の平和、とでも訳すべきか。その単語に彼は違和感を拭い去ることは出来なかった。
 しかし、そんなことを言っている場合ではない。今はなんとかしてここから脱出せねばならないのだ。リニックは更に話を続ける。

「……兎に角、緊急事態だ。脱出手段についてはそちらに任せるよ。……後の二つについても答えてくれるだろうね?」
「もっちろーん。ええと、テロ集団が何者かという話と、何故ここを襲ったか……でしたよね? 前者についても後者についてもはっきりしています。先ず前者は、『ラグナロク』という名前のテロ組織です。目標は世界の救世主たりえる勇者の殲滅。……単純にして簡単な答えですよ。そして、何故ここを襲ったか。それも簡単。ここに勇者がいるからですよ!」
「勇者が? ……ちょっと待て、話についていけないぞ」
「ついていけなくても仕方がありません! 何せこれは未だ知っている人間も少ないですからね。世界が僅か百年で再び危機に瀕するなんて……誰も思いやしませんよ」
「百年前。……ああ、この世界がこうなってしまった元凶だったな? 噂によれば、別の世界と接続されてしまったからそのプールされていたエネルギーが膨れ上がって破裂した……って」
「そんなのデタラメですよ。半分合ってて半分違う、とでも言えばいいですか。いずれにせよ、その考えは早々に変えるべきですね。あなたは勇者なんですから!」
「……は? 今なんと」
「だーかーらー! あなたは勇者なんですよ! この世界を救う神様に認められし存在! ……あっ、正確には未だ認められてないっか。これから認められますからねー。安心してくださいっ!」
「……いや、なんの冗談だ? 僕が救世主? いったい何を……」
「ごちゃごちゃ言ったところで何一つ問題は解決しませんよっ! さあ、向かいましょう! 先ずは私たちアンダーピースのアジトへ! そうしないとあなたはさっさと殺されてしまいます! 有意義な生活、送りたいでしょう?」

 そんなことを言われても、となってしまうリニック。
 しかしその沈黙を許さない現状がある。
 爆撃は鳴り止まない。足音が着実にこちらに近づいてきている。

「さあ、どうしますか。どうなさいますかっ。急がないと、私もあなたもランデブー?」
「何を言いたいのかさっぱり分からないけれど、分かった! 分かったよ! とにかく、一緒に出るしかねえだろっ!」
「そうこなくっちゃ!」
「何をしているの、レイニー」

 気づけば。
 少女がふわふわと浮かんでいた。
 否、それは少女と呼べるのか?
 少女と言うよりも――幼女。
 それも金属バットを持った幼女が、ふわふわと浮かんでいた。

「……ライトニング……! あなた、いったいどうしてここに……!」

 ぼこっ。
 レイニーが驚いていると、ライトニングが持っていた金属バットで彼女の頭を殴りつけた。

「どうして殴るんですかあ! 痛いですよ!」
「そもそも、今回は私とあなたの合同作戦だったはず。忘れていたのかしら?」
「え、えーと……そうでしたっけ?」

 ぼこっ。ぼこっ。
 今度は二発。

「痛いですってえ……、ぐすっ、ひぐっ……」

 あまりの痛さにレイニーは泣いていた。
 それを見てさすがのリニックも、どうすればいいのか分からなくなっていたのだが、

「さて、あなたがリニック・フィナンスね。……何というか、想像より腑抜けているように見えるけれど、ほんとうに本物?」
「ええっ、本物ですよっ。だって、それは『総帥』が確認してるじゃないですかっ!」
「総帥……ああ、彼女の話は冗談半分で聞いた方が良いと思うけれど。だって、彼女、お菓子食べながら作戦会議出てたでしょ?」
「ううっ、確かに、言われてみると……」
「お前達のトップって、どんだけやる気無いんだよ……。何だか、ついて行くのがどうにも、」

 どんどんっ!
 ドアを乱暴にノックする音が聞こえる。生憎リニックの研究室は鍵をかけていたため簡単に開くことはない。それが今回は功を奏したと言えるだろう。

「まずいっ、もうここまで来ましたか!」
「とにかく、脱出するの。『常闇の門』を利用して、」
「あれ、内臓が引っ張られる感覚がして好きじゃ無いんですけれど」
「そんなことを言っても、逃げられないの」

 そうして、レイニーはライトニングに無理矢理引っ張られて、いつの間にか出現した黒い穴へと放り投げ出された。
 いったいどこにそんな力があるのか――なんてリニックは他人行儀に思っていたが、

「次はあなたなの、リニック」
「ええっ? いや、僕は遠慮しておくよ……」

 どんどんっ! がちゃがちゃっ! ぎーこーぎーこー!
 明らかに扉を開ける音ではない音が聞こえてきている。
 はっきり言ってこれ以上ここに居るのは得策ではない。
 しかし、レイニーの言っていた『内臓が引っ張られる感覚』がどうにもネックになっていたリニックはなかなかそこに飛び込もうという勇気が湧かなかった。
 彼の勇気が湧くよりも早く、ライトニングの手が伸びた。

「面倒なの。さっさと、飛び込むの」

 そして、彼はそのままライトニングの手によって強引に黒い穴へと放り投げ出されるのだった。

002

「でも、祈祷師の娘だから少しは長命なんじゃあないか、って言われているんですよ」

 リニックは持っていたペンをくるくる回しながら、

「でも、やっぱり難しいですかねえ……。本当は、会って話がしたいんですけれど、今は行方不明。生きているかどうかも定かではない。もう一人の勇者の仲間も、普通の人間だったからか、二十年前に亡くなっていますし。何というか、研究するタイミング間違えたかなあ……」
「二十年前ったら、結構前じゃないかよ。親族とか居ないのか?」
「そりゃあ、それくらい探していますよ。でも、まったく見つかりません。いったいどこに雲隠れしてしまったのやら……」
「雲隠れ、か。そりゃあ、面白い話だ。世界を救った勇者様の仲間は、迫害でも恐れていたのかねえ? 普通、あの世界なら少しは権力を牛耳っていても良かったろうによ」

 歴史。
 百年前、勇者が他世界にてすべての根源である『オリジナルフォーズ』を破壊後、世界に平和が訪れた――とはいったものの、勇者そのものは行方不明となり、この世界に帰ってきた勇者一行も、全員が行方をくらましてしまった。噂によればどこかの町で勇者の物語を後世に伝えるために旅をしているとか、勇者の一行はどこか人里離れた山奥で平穏に暮らしているだとか、いろいろな噂が流れていた。
 しかし、それも百年も昔の話。それにどの説も決定的証拠を見つけることが出来ず、結局真相は闇の中へと消えてしまうのであった。

「結局、人々に勇者の伝説は、英雄譚は根付きました。しかし、それは尾ひれのついたものばかり。もはやどれが真実でどれが嘘なのか分からないくらいに」
「別に、どうだって良いんじゃねーのか?」
「え?」
「いや、俺はそこまで歴史に詳しくはないが、その英雄譚は知っているぜ。とどのつまり、勇者は全員に知れ渡ったって言ってもいいだろうし、それは別に間違いじゃない。勇者が行方不明になった原因は知らない。それを探そうとしても証拠が見つからないんだからな。誰かが殺してしまっただとか、誰かと一緒に暮らしてそのまま平穏な一生を終えただとか、あるいは狂戦士の如く戦いを好むようになっただとか……いろいろな噂話が広まっている。けれどよ、それはそれで別に面白いじゃねえか。今のこの閉鎖的な世界で、娯楽は大事だぜ、リニック」
「……そんなもんですかねえ」
「そんなもんだよ。あ、そうだ。その荷物、誰から贈られているものだか分からなくてよ」
「へ?」

 言われて荷札を確認するリニック。
 確かに発送元の情報が何一つ書かれていない。重量もそれなりにあって、はっきり言って不安だ。

「……これ、何ですかいったい?」
「こっちが聞きてえぐらいだよ。一応、検査には通っているから問題ないとは思うんだけれどさ。ま、変なものだったら連絡して捨ててくれや。そのほうがこっちとしても有難い」
「……了解しました」

 それってそっちが確認するべきじゃないのかな、とリニックは思ったがこれ以上言わないことにした。
 郵便屋のリフィードとは長い付き合いだ。別に学校が同じだとか年齢が近いとかそういうわけじゃない。お節介と言ってしまえばそれまでだけれど、しかし何かそうとは言いがたいものがある。
 それに彼とは、いろいろなところで工面してもらっているところがある。彼は両親からお金を入れて貰っているというものの、それでも足りなくなる時がある。理由は彼が興味のある学問については、分け隔てなく情報を取り込もうと思っているため、どれほど高い参考書であろうとも購入してしまうためだ。そのため彼の部屋は本が山積みとなっており、読めていない本も少なくない。
 そういうこともあって、お金が少なくなってしまうと、リフィードがちょうどそれを見計らってバイトの仕事を持ちかけてくるのだ。バイトの内容は決まって郵便物の配送。それも寮内なので移動の手間賃もかからない。リフィードとしても、寮内を知っている人間をバイトに雇えば、楽に仕事が出来ると思っているのだろう。
 リフィードが扉を閉め、改めてリニックはその荷物を確認する。箱はそれほど大きくない。しかし、荷札に配送元が書かれていないことがあまりに気になる。彼は通信販売を利用しない人間だから、そこから荷物が送られてくることもないし、そもそもそういうところだったらきちんと配送元の住所ぐらい記載してくれるものだ。
 しかし、検査を通ったと言うことは比較的安心出来るものなのだろう、という推測が彼の中でできあがっていた。それはつまり、ある程度安心を得られると言ってもいいだろう。
 だが、だからといって、不安をすべて拭いきれるわけでもない。

「……やっぱり怪しいよなあ。受け取り拒否、しておけば良かったかな?」

 でもそうすると荷物は郵便局に置きっぱなしになる。それはそれでリフィード側の負担が大きくなるから直ぐに考えるのを止めた。
 しかしながら、荷物をどうすれば良いかという結論には未だ至っていない。このまま放置するわけにもいかないし、だからといって箱を開けるのもどうかと思う。

「でも一応検査は通っているわけだし……中身は問題ないと判断しても良いと思うんだよな……」

 自信をつけたかった。
 何とかそれで自分のやる気を取り持ちたかった。
 そうして、彼は何とか思い切って――箱を開けた。
 箱の中には、卵が入っていた。そして手紙が一通入っている。卵、とはいっても通常リニックたちが食べるような卵にしてはあまりにも大きい。

「……これ、卵? にしても大きいけれど。えーと、何か手紙があるな……」

 手紙には一言、こう書かれていた。


 ――卵のボタンを押してください。


「ボタンを、押す?」

 意味が分からなかったが、卵の表面を見つめていると、確かに小さなボタンがあった。
 そのボタンを見ると、普通は押さない方がいいという結論に至るのだが――。

「ええい、ままよ!」

 そこで彼は、ボタンを押すという選択に至った。
 すると、卵が真っ二つに割れた。
 割れると、そこから出てきたのは――黄身では無かった。
 そこに居たのは、一人の少女だった。

「これ……ただの卵かと思っていたけれど、違う……。『マジック・エッグ』に人間を閉じ込めるなんて……!」

 マジック・エッグ。
 その卵に閉じ込めることで、様々なアイテムを小さくすることが出来るアイテムだ。しかしそのアイテムはスノーフォグの技術でも見つからず、結局はオーパーツと化していたのだが、今その一つが彼の目の前に存在していた。

「……君は、いったい?」

 少女は、黒いローブを身にまとっていた。そこから表情を窺い知ることは出来ない。

「今、それを話している時間はありません。……あなたが、リニック・フィナンスですね? 錬金魔術の研究をしている、大学生である、と」
「え、ええ……。それがどうかしましたか?」

 普通、見ず知らずの人間には自分の素性を明かさないのが普通だろう。
 しかし、そのときのリニックはあまりそういうことを考えられなかった。考えられずにはいられなかったのだ、その少女は何者で、自分に何をしたいのか。

「私はあなたを助けに来ました。そして、あなたが『英雄』であり、事を成し遂げなくてはならないということを、伝えに来たのです。いいですか、今から私とあなたでこの大学を脱走します。有無は言わせません。何せ、このままだとあなたは今日死んでしまうでしょうから」
「どういうことだよ、いったい何が起きているんだ……! まずはそれを話してくれないと何も――」

 彼の言葉を遮断するかの如く、大きな爆発が起きた。

「何だ、今の爆発は……!」
「まさか、もう……!」

 彼女は素早く扉を開けると、周囲を確認する。
 扉を開けるといっそう騒がしい声が聞こえてくるのが確認出来る。それが、人々が何かから逃げているということだと気づくまで、そう時間はかからなかった。

「なあ、これっていったい何が起きているんだ……!」
「話は後! ちぃっ。あいつら、もう嗅ぎつけましたか……!」

 何を嗅ぎつけたのか、教えて欲しかった。
 しかし今それを話したところで何も進まない――それは彼も悟っていた。

「良いですか。とにかく今から私とあなたはこの大学を脱出します。ノーと言えば私はこのまま一人で脱出します。ですが、彼らは……敵はあなたを狙っています。あなたを殺そうとしています。良いですか、もしあなたが死ねば……世界は滅びる!」
「いったい、何を言っているんだよ。訳が分からない! 英雄? そんなもの、僕に似合うわけがないだろうが!」
「似合う、似合わないの問題じゃあないんです! あなたが何もしなければ、間違いなく世界は滅びる! それは、間違いなく決められていることです!」
「決められているとか、決められていないとかそんなことはどうだっていい! ただ僕は錬金魔術の研究さえ進められれば良かったんだ。それさえすれば……!」
「……じゃあ、こう言い換えましょう。私についてくれば、『錬金魔術』を現役で使っていた人に会わせましょう。研究の題材にでもすれば良い。ただし、まだ生きているから解剖なんてそんな巫山戯た真似はさせません」
「…………何だって?」

 それを聞いた彼の目つきが、どこか変わったような感じがした。

「……だから言ったでしょう。私とともに行動すれば、あなたの研究テーマである『錬金魔術』を未だ使っている人間に面会させることを許可します! だから、私の言うことを聞いてください」
「その言葉、忘れるんじゃないぞ!」

 そして、リニックと少女は行動に移す。
 まずはこの戦場と化した大学から脱出せねばなるまい。

001

第1話

 ガラムド暦二一二五年。

 戦乱が落ち着いてから、おおよそ百年の年月が経過していた。

 『赤き血』は、浄化が進められているとは言え、人類の居住区はかつての四割近くに留まっており、正直芳しい状況とは言えていない。

 では、元々住んでいる人類はどこへ向かっているというのか?

 僅かな土地を奪い合って、戦争を繰り広げている?

 それとも、僅かな土地に高層ビルを建造して何とかやりくりしている?

 答えは後者だ。僅かな土地で、人は何とか生活しようとして、高層建造物がたくさん出来るようになった。結果として、百年前に比べて技術が発展したというのもあるが、人口密度は過去に比べて上昇傾向にあり、それにその中でも食糧問題だとか領土問題だとか相次いで起こっており、今も人類を苦しめている。

 では、人類はそれで諦めてしまったのか? 問題を問題としておいたまま、そのままにしてしまったのか?

 答えはノーである。人類の野望などそんな簡単な問題で諦めきれるものではない。人類という種が半永久に残り続けるためには、やはり何らかの策を講じなくてはならなかった。

 そこで、人類が選択したのは――宇宙だった。

 宇宙には広大な世界が残されている。それに科学技術も二〇二五年にスノーフォグが解体されてからはあっという間に世間に広まった。そのため、宇宙に行く技術力は容易に生み出すことが出来た。

 それに、かつての歴史書にてこう書かれていたこともあった。



 ――偉大なる戦いにおいて、世界は分裂し、宇宙へ放り投げ出された。今我々が住む大地は、かつての人類が『地球』と呼ぶ惑星軌道上に載っているだけのプレートに過ぎない。



 そうして始まったのが、宇宙航海時代だ。

 宇宙は広い。それは人類の寿命を遥かに上回る程であった。しかしながら、人類はそんな制約をもってしても諦めることはなかった。

 かつての人類は高い技術力を保有しており、それはかつてのスノーフォグ領主、リュージュが大切に保管していた。そして、その技術の中に、ある技術が大切に保管されていたのだ。

 『冷凍保管技術』。

 文字通り、人を冷凍保管することで、人が本来生きていられる寿命(生存限界)を大きく上回る年数を稼ぐことが出来る、といったシステムだ。これは一万年以上昔に開発された技術であったが、スノーフォグの科学技術は凄まじく、それを使ってさらなる進化を遂げようとしていたのだ。

 スノーフォグの幹部は、有事の際にそれを利用することで災厄から逃れようとしていた。

 そして、その年数はおおよそ人類の生存サイクルの一周期であると言われている一万年に設定されていた。

 それは人類にとって偉大なる一歩であり、後の人類史に大きく名を残す時代となった。



 ◇◇◇



 アースにおける人類居住区は現在八つのブロックで構成されており、そのうちの一つが教育エリアとなっている。教育エリアは文字通り、学校により構成されており、その大半を占めている。残りも学生のための寮であったり、学生のための商業施設であったり、冗談抜きでそこから出なくても生活できるレベルにはすべてがまとまっていた。

 教育エリアに入るには特別なカードキーが必要であり、出入りのたびにそれを確認させられる。それ以外の場所からの入出場は原則禁止となっており、また、学生と予め許可された人間以外が入出場することも原則禁止となっている。入るためには予め許可を貰う必要があり、貰うまでには最低一ヶ月はかかると言われている。

 そんな大学エリアの一室、研究室にて一人の青年がうんうん唸りながら論文を見つめていた。

 

「……ああ、もう少しでこの謎が分かるんだけれどな……。流石に教えてはくれないだろうし」

 

 彼の名前はリニック・フィナンス。

 この大学で魔法学を研究する大学生である。

 今、彼は魔法学の中でも『難易度の高い学術』と言われているある学術について研究をしていた。

 錬金魔術。

 今や魔法が当たり前となった世界において、『魔術』と『錬金術』が融合した魔術を研究すると言うことは、この世界にとっては『遅れている存在』と認識されていても仕方が無い。

 しかしながら、魔法の基礎には魔術があり、大元を辿ればすべては『観測者』であるガラムドから分岐したものである。つまりこれを研究しない手はない。そう思っていたのだ。

 そもそもの話として。

 魔法と魔術にはどのような違いがあるか、という点について説明せねば成るまい。

 魔術は、魔方陣を描き詠唱を行う。それにより元素の力を借りて魔術を発動させる。

 魔法は、その魔術の簡素版である。そう言ってしまうと非常に元も子もない感じではあるのだが、魔術の中でもっとも基礎とされている『魔方陣』を省略したのが魔法である。

 では、魔法はどうやって発動させるのか。

 答えは簡単だ。魔法を発動させるとき、自らの気の流れを円に見立てれば良いだけの話。魔法発動時、魔術師(魔法が一般的となった今、この名前はとても錯誤的ではあるが、『魔法師』だとそれはそれで格好が付かないのだろう)は、円のイメージを描く。

 つまり、魔方陣を自らの身体に『作り上げる』イメージを立てて詠唱を行うのだ。

 それにより魔方陣を描く必要は無く、千を越えるとも言われている魔方陣のバリエーションに応じてわざわざ書き替える必要も無くなった、ということだ。

 では、錬金魔術とは何か。錬金術は、基本的には魔術と変わらない。しかし、そのエネルギー源が元素ではなく、もともと存在しているものを利用する。例えば橋をその場所に架けようとしたら、元素としてのエネルギーは消費されないかわりに、周囲の地面を刮げ落とす。そして、その地面を利用して橋を架ける。それが錬金術だ。元素を使う場合は無限に利用できる(ただし、魔術師の精神力に応じて上限は変動する)が、そこにあるものを利用する錬金術には、物資の限界が存在する。そのエネルギーを『無かったことにする』抜け道も存在するが、それはもはや幻、あるいは空想に近い。

 では、錬金魔術とは何か、という本題に漸く入ることが出来るのだが――。

 

「リニック、届け物だぜ」

 

 そこで、リニックは彼の世界から解き放たれることとなった。リニックはずっと論文を読んでいたのだが、それを聞いて思い切り立ち上がる。あまりに思い切り過ぎて椅子が倒れてしまうくらいだった。

 それを見た男はニヒルな笑みを浮かべていたが、直ぐにその荷物をリニックへと放り投げる。

 

「おおっと。投げないでください、って言ったじゃないですか。郵便屋さん」

「わりいわりい。今日は大量の荷物があってよ。なかなか運びきれないものがあるんだ。あー、誰かが助けてくれれば十分有難いんだけれどよ」

「……お金には困っていませんし、僕も学生の性分を果たす必要があるので」

「何だ、けち臭いことを言って。……まあ、仕方ないな。発表会、来週だろう? 何かいい論文でもできあがっているのか?」

「はい! 勿論……とは言いたいのですけれど」

「錬金魔術だったか? まー、難しいタイトルに挑んだものだよな。そんなもの、実際に使えるかどうかも危うい魔術なんだろ? それに、その技術も百年前に居た『勇者の仲間』が使っていたのが最後って話もあるし、仕方ないんじゃねーの? 流石にもう生きてはいないだろうしなあ」

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