「インフィニティが復活したというのは本当なの?」
「ああ、事実らしい。そして、騎士団の報告によれば――」

 ダイモス・リッペンバーと、ハル・リッペンバーは謁見の間にて会話をしていた。

「搭乗者も十年前と変わらない。タカト・オーノ……つまり父さんであることが確認されている」
「父さんが!?」
「どうして戻ってきたのか、どうやって戻ってきたのかははっきりとしていない。本人もそこはかたくなに言わないようだからね。取りあえず今は、帰ってくる彼らを出迎えることしか出来ない、としか言い様がない」
「それは分かるけれど……、でも、父さんが帰ってきたなんて……」
「ああ、あの帽子屋が何かしているんじゃあないか、と勘繰ってしまうよね。僕だってそうだ。けれど、今は一国の王としてやらないといけないこともある。やらなくてはならないこともあれば、やってはいけないこともある。君だって、それは同じ事だろう? 右大臣として、やっていいことと悪いことの区別ぐらい漸くついてきてくれたと思う訳だが」
「父さんが帰ってきたことは、事実なのよね?」

 ぱさり、と机に紙束が置かれた。

「先程送られたばかりの報告書だ。見るかい?」
「勿論、見せて貰うわ」

 報告書、と言われても一定の体裁を保っただけのただのテンプレートのごちゃ混ぜに過ぎない。そしてその文章は書く人間によって読みやすいか読みにくいかが決められる、非常に面倒なシステムとなっている。
 そして、その報告書の一文にこう記されていた。

 ――インフィニティが復活し、搭乗者であるタカト・オーノとのコミュニケーションに成功した。

「報告書に書かれていることを鵜呑みにするならば、父さんは生きていて、この世界に戻ってきた、ということになる。それは喜ばしいことかもしれない。彼が、父さんが、普通の人間であるならば」
「けれど、父さんはインフィニティの担い手……」

 こくり、とダイモスは頷く。

「問題はそこだよ。ハル。確かに父さんは帰ってきた。でも、何故このタイミングで帰ってきたのか? スカブが発達していると言うことと、何か関係性があるのか。変に勘繰ってしまうんだよ。悪い癖なのかもしれないけれどね……」

 ◇◇◇

 スカブ・ライン018直近にあるメイザース基地。
 そこにインフィニティを含むハリー騎士団は到着していた。
 マーズとタカトは久しぶりに再会したから、感傷に浸るものかと思っていたのだが――。

「なあ。さっきから何をしているんだ、あの二人?」
「さあな。やらせておけばいいんじゃあないか。別に火の粉が降りかかるわけじゃあるまいし。逆に何かしてみろ。そのほうが火の粉が降りかかる危険性があるってもんだ。触らぬ神に祟りなし、とも言ったものだな」
「聞こえているぞ、ヴィエンスとタポス」

 マーズの言葉に、こそこそと隠れるように移動する二人。
 とはいえ。
 このまま二人そのままで居るのもおかしな話だった。元を正せば、二人は夫婦だったのだ。だから普通に受け答えをすれば良い話である。いや、良い話だった。
 しかし、そう上手くいかないのが現実問題と言えよう。

「……どこから話せばいいのか、分からないけれど」

 沈黙を破ったのは、タカトだった。
 タカトは、ぼさぼさの髪にスウェットというルーズな格好をしていた。そんな格好でインフィニティに乗り込んでいたなんてことが一般国民に知れ渡れば、インフィニティに関する倫理観が問われてしまう訳だが、それを今質問したところで彼が答えられる訳がない。

「……つまり、『移動』してきたのよね?」

 マーズの言葉は、単刀直入であり、シンプルなものだった。

「ああ、そういうことになる」
「いったい全体、どうしてそれが可能になったのかは……聞いたところであなたには理解が遠く及ばないことなのでしょうね」
「申し訳ない」
「謝ったところで、何も生まれないわよ」

 マーズは告げて、彼の脇を通り過ぎていく。

「それに、あなたに会いたがっている人間はたくさん居る。ダイモスとハルにも、どういう言葉をかけてあげるのか、決めておく事ね」
「あいつらは今、何をしているんだ?」
「国王陛下と右大臣。リグレー家が断絶してしまって王家の家系が無くなってしまったからね。本当は、騎士団の団長たる私にお願いしてくれ、と言われたのだけれど、それだけは勘弁願いたいと言ってダイモスとハルに押しつけた形になるのだけれど」
「……マジで?」
「嘘は吐かないわよ」
「そりゃ、それくらい、分かっているけれど……うーん、まさかそんなことになっていただなんて……」

 タカトは頭を抱えているようだった。
 そりゃあ、そうだろう。今まで会わなかった自分の息子と娘が僅か一年(マーズたちの世界で換算すれば十年)で国王陛下にまで上り詰めたというのだから。それについては、最早想像できる方が奇跡と言っても良いだろう。

「……まあ、いいわ。後は三人で話して決めて。あなたが戻ってきたということは、この世界に何かが起きる予兆かもしれない。それは、二十年前に起きたあの災厄が影響していないとも限らない。少なくとも、まだインフィニティに関しては懐疑的な意見を述べている人が少なくないことを忘れないで」
「……ちょっと確認だけさせてくれ。あれから十年? 嘘だろ? 俺の世界ではまだ一年しか経過していないことになるんだぞ」
「どうやら、時の流れが違うみたいね。そう結論づけるしかない」

 マーズは踵を返し、歩き出す。

「お、おい! マーズ、どこへ行くんだ!」
「私はあんたと違って忙しいの。今はハリー騎士団の団長を務めている訳だし。ま、戦場に向かうことを選択したのは私だから今更否定しやしないけれど。というわけで、あんたの部屋は後で決めておいてあげるから、食堂でゆっくり休んでいて。もし誰かに絡まれても変なことは話さないことね。それがあなたの分水嶺にも成る訳だから」

 それだけを言って、マーズはどこかへと消えていった。
 タカトは食堂の広い空間に、ただ一人残されていくばかりだった。

 ◇◇◇

 さて。
 実際問題、彼に近寄ってくる存在は誰一人居なかった。確かに彼に疑問を抱く人間は少なくない。突然出現した最強のリリーファーの起動従士。その存在が十年ぶりに姿を見せたとなれば、気にならない存在が出てこない訳がない。

「あれが、起動従士か?」
「おい、あれって言うなよ。一応俺たちの先輩だぜ」
「でも突然出現してきたのが、不思議で仕方ないよな。何か関係でもあるのかな?」
「何か、って何だよ」
「スカブだよ。スカブの出現とインフィニティって、何か関係でもあるんじゃあねえか、ってもっぱらの噂だぜ」
「こら! 何を言っているの!」

 そう一喝したのは、マーズだった。

「スカブとインフィニティの関係性は未だはっきりとしていない。それに噂の範疇を出ない。それをあなたたちは真実のように言っているように見えるけれど?」
「でも、スカブを倒すことが出来たのはインフィニティだけなんですよ? 偶然にも程がありますよ」
「偶然? いいえ、違うわ。これは神様が我々に与えたもうた最後の切り札よ」
「切り札?」

 無数の人間が、マーズを見て呟く。

「これは、我々に与えられた最後の切り札。そう判断するべき。タカト・オーノには申し訳ないけれど、これからスカブ殲滅のための部隊に組み込まれることになる。まあ、一度首都に凱旋するのもあるのだけれど」
「やった! 首都に帰ることが出来るんですか、俺たち!」
「ええ。正式に礼状が出たわ。一度首都に帰ってこい、という右大臣名義での礼状がね」

 それを聞いた兵士は歓喜で大声を上げた。
 タカトだけが状況が飲み込めていなかったようなので、マーズが近づいて、

「会えるわよ、タカト」
「……誰に?」
「誰に、って。言わなくても分かっているんじゃあなくて? あなたの子供であるダイモスとハルに、よ」




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